エリック・フィッシュル(Eric Fischl )

エリック・フィッシュル(Eric Fischl )

たぶん日本で、彼のまとまった作品や展覧会を見ることは出来ないだろう。

 

非常に具象的な日本人好みの表現のはずなんだが、テーマが受け入れられないのか?

 

エリック・フィッシュル(Eric Fischl )
新表現主義の一人としてかぞえられていますが、どちらかといえばアメリカン・シーンのエドワード・ホッパーと比較される存在。

 

彼が、自分の仕事について語っています。
ナンシー・グライムズ 「フィッシュルの裸の真相」 訳:篠田達美 からまま引用します。

 

「たぶん僕はスタイルとしてマネ風だけれど、ドガのほうにもっと関心があるんだ。ドガは窃視症的なところがある。彼はマネよりもはるかに心理学や性と深く関わっている。僕はマネのような人物には逆らって仕事をしているんだ。なぜならマネは絵からすべてを取り去ってしまったけれど、僕はそれを絵に戻そうとしているからなんだ。だからは僕は意味を伝えようとするリアリストの伝統の範囲内で仕事をするんだ。マネはすごくシニカルだったと思うな。僕はドーミエの教訓主義の伝統のなかで仕事をするんだ」

 

 

「僕が絵を始めた理由はダーティな絵を描くことだった。考えるに、当時問題になっていたことの一つは、極限状態を超えてまで浸透した芸術上の意味と、絵画自体の退屈さを、どう扱うかということだったと思う。僕の世代の大勢のアーティスト、たとえばロンゴ、サーレ、シャーマン、ゴールドスタインなんかは、芸術を生き返らせるような作品を作っていた。力のイメージを喚起するようなイメージを持った作品。(中略) 
 作品に力を与えるような大きなもの。なぜならば芸術が何であるのか分らなくなっていたから。だから僕はポルノグラフィックな絵をやって絵に力を与え、だれかを憤慨させようと思った。ところが描いているうちに違ったものになってしまった。ポルノグラフィックにはみえなかったんだ。その絵は子どもの生活にある自然な出来事を僕が観察している、というふうに見えた。それじゃダメなんだとは思えなかった。気づまりに思ったことが一つだけあって、それは僕が観察しているということ、僕がその立場に置かれているということだった。行為自体は不快に感じなかったんだ。タブーを犯したといったところかな」
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この作品はNYで見ましたが、とても大きく厚く塗られた絵の具のせいか、もの凄く存在感がありました。フィッシュルにしてはポルノグラフィックな要素を感じさせないせいなのかパブリックスペースに展示されており、いつでも誰でも見ることが出来ました。
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なぜこんなシーンを描くのかわかりませんが、これこそがフィッシュルなんでしょうね。